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「三谷幸喜のありふれた生活」の向こうを張って「きらくや社長の月並みな生活」を初めました。2008年1月からきらくに思いつきで始めました。どうぞご笑覧下さい。

第6号 きまぐれ不定期刊

▼大槻三美?須賀川、大森田郵便局局長から6月10日葉書が三百枚送られてきた。『うわさの新聞』に使って下さい、との事。他のスポンサー予定者を飛び越して葉書を使います。

▼在沖、上野光三?国場組、沖縄福島県人会事務局長から手紙が来た。

▼海の青さと空の青、常夏の島沖縄。そして麗しの琉球から一筆申し上げます。 3月末「福島空港開港記念」とも称し、鏡石スポーツ少年団(川田昌成県議最高顧問御一同)百五名が沖縄県北谷町との交流に一年計画で実現した。福島県の朝は未だこたつとストーブとももひきの季節。来沖当日は快晴、気温26℃、湿度75%、東シナ海に面する北谷町の名前の通り素晴らしき“サンセットビーチ”の白い砂浜に到着。隣町の東洋一の米軍嘉手納基地から超ハイレグ金髪美人軍団の海水浴と日光浴姿に「アッ」と言う所。少年達は初めてのホームステイ、訪問する方も受ける方もその出会いの素晴らしき事よ。その良さに日数は予定よりオーバーしたとか。交流試合は私の予感?通り北谷側に分があったとか(鏡石の方々はなかなか礼儀を心得ている)一週間の滞在の中、沖縄の歴史、文化、人間模様に接し、地図上では一点の沖縄、しかし少年達はきっと想像していた沖縄とは何か違う“琉球の風”を肌で感じ、今後の成長と飛躍の一端になればと祈念する。、

▼計報が入り以下の記事は急遽予定変更。

▼奥谷(吉井)省吾6月20日未明、呼吸不全で死去。 92年8月食道癌のため手術、入退院を繰り返した。日本大学工学部(習志野)土木工学科卒、義兄の経営する会社に入社、道路橋梁設計管理の仕事。東名高速道路、大井川橋梁工事などを手掛けた。ご子息も本年大学を卒業父と同じ仕事をする。一男一女の父(以上、永山洋三?談)告別式は21日12時大井一丁日金館にて。永山洋三?大河原浩気?参列

▼喪主は妻、奥谷芳子様〒一四〇品川区大井一丁目一―十二、電話〇三―三七七七―二五一〇ご冥福を祈る。合掌

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