◎海外初の香港・華南桑野会を訪問。佐久間崇之69期桑野会長、関博之安積高校校長、松尾昌一69期桑野会幹事長に同行した。
▼夜遅く香港國際機場着。ホスト役渡邉剛司104期が迎えに出た。香港と中国のダブルナンバープレートタクシーで国境越え。(何故か香港と中国には国境が存在する)深夜に深セン市羅湖区の蘆山飯店にチェックインした。
▼翌日早起きのジサマ四人は待ちきれず、蘆山飯店の上にある渡邉剛司のオフィスを訪問。美人小姐に朝茶を出して頂いた。その日は剛司の弟知昭108期の案内で「世界の窓」観光。夜は渡邉兄弟の案内、六人で潮州料理を囲んだ。
▼翌朝、蛇口→香港九龍をフェリーで移動。宿泊先、尖沙咀の朗延酒店に早々チェックイン後観光へ。星輪渡(スターフェリー)で香港島中環へ渡り「慕情」の舞台になった、淺水灣経由で赤柱へ。西欧風雰囲気の中オープンカフェで昼飯。二階建て電車と、ケーブルカー。最後ゴージャスな半島酒店のハイティーと私の定宿の重慶大厦との落差を味わって、不肖私「もみじ旅行社」の独断、偏見、ジコ中のわがままガイドを終えた。
▼その夜。背広にネクタイで香港・華南桑野会の面々と会食。熊坂雅彦84期鹿倉浩一87期溝井正幸87期庄司忠司99期と前記渡邉兄弟の都合六名が出席。佐久間会長から香港・華南桑野会会旗の贈呈、旗をバックに全員で写真撮影。全員が高校時代の思い出を語った。共通して「高校時代は落ちこぼれだった」と言うが教師生活が長い関は「凄い、みんな見知らぬ土地で逞しい」と眩しげに皆を見ていた。安歴博の保存に香港桑野会諸氏から大金を預かった
◎私は友人の娘の結婚式に出席した。主賓は斎藤勲?あさかの学園大学で、新婦の郡山市立第二中学校時代の恩師として挨拶をした。さすが先生は挨拶が上手。以下良き夫婦に贈るあいうえお。ありがとうを忘れない。いこいの場としての家庭を築く。ういういしい、新婚当時の新鮮な気持ちを忘れぬ様。えがおを常に絶やさない。おもいやる気持ちをいつも継続。
▼手紙によるスイスからの友人スピーチが朗読されこちらは平田英寿?の娘祥だった。「日本語忘れたのかしら、少し手直ししたの」と母博子▼披露宴終了後あさかの学園で講師も努める、タウン誌の編集長伊藤女史。「おぉ村田君と同年、ならば俺と同級生という訳だ、一緒に飲みさ行ぐべ」と意気投合斎藤は伊藤和とその子分に囲まれ夜の町に消えた
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