●隣の借家の夫婦は3年前から軒先で犬を飼った。名前はマー君。子犬の頃から知っている。昨年夏泣く泣く保健所に連れて行ったムサシに良く似ている。
●この夫婦はマー君の面倒をあまり見ない。なのでつながれたままマー君は道路にウンチをする。たまに車がそれを踏んづけると道路に2メートルおきにクサいスタンプが点々と出来る。
●ムサシとの散歩は良い運動になり私のズボンのベルトの穴が二つほど短くなった。だがムサシと別れたあとは、ベルトの穴はすぐに戻った。
●そこでマー君を連れ出す事を考え、飼い主に散歩への同行の了解を得た。日頃運動不足のマー君は歩いて2分もしないうち簡単にもよおす。私はウンチを持参の調理手袋でつまんでドブッコに捨てる。残飯を食べていたムサシのモノはべっとりと手袋についたが、ドッグフードのマー君のブツは粘り気が無く手袋に付かない。ドックフードはこんな工夫してあるのかと変なところに感心する。
●「マー君お前の正確な名前はなんて言うの?」と声を掛ける。海の向こうの独裁者の息子正男かな?それとも本町の畳屋の正夫おぼっちゃまかな。横川の田んぼ道で「マサオ!」と大声で呼ぶと1年前のムサシのことを思い出す。
●ある日熱海特有の強風でマー君は犬小屋ごと一緒に飛ばされた。その日をさかいに小屋には決して入らななくなり、代わりに大きな重石が小屋の居住者になった。そして冬になった時、夜に飼い主はマー君を家の中に入れてしまう。
●これにはオレも困った。朝起きて(散歩はだいたい早朝)迎えに行くと家の中だから出てこない。2度ほど眠っている飼い主に「マー君貸して!」と起こしてマー君を連れ出したが毎回そう図々しくできない、そこで散歩は止めた。
●今月になって飼い主夫婦は二人とも入院してしまった。酒店のアキちゃんに「マー君のめんどう見て頂戴」とドッグフードを預けて。アキちゃんがやってきては「私が餌やるから、英男さんは散歩させて」と言う。他人の入院を喜ぶなんて不謹慎だがおおチャンス到来!。「マー君、お前はオレにかまってもらう方が幸せなんだよね」と本気でめんどうを見ることにした。
●毎朝、私を見つけるとシッポをグルングルンと扇風機のように回す。ご機嫌である。クサリを放してやるともう全力であっち行きダーッ、こっち行きダーッ、大きい振り子のようである。はじめは見えなくなり1分も戻ってこないのがその振幅もだんだん小さくなり、最後に私にまつわりつく。ならば30分くらいほったらかして置きたいのだが、他人に迷惑が掛かるので目を放せない。
●犬の声が理解できるバウリンガルという翻訳機があるが、マー君の喜怒哀楽は泣き声としぐさで判る。飼い主が居ないのを幸いにムサシの空家に連れて来た。ところが「俺が他犬の小屋に住めるか」とうるさくワンワン鳴きやまない。よっぱら遊んでやった後、私が離れる時はキーッ、キーッと超高音の悲しみ声を出す。
●飼い主が戻ってきたらこちらが悲しみの声を出す番かな。
田んぼ道を疾走するマー君。